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「一人のユダヤ人の少年が10歳の誕生日を迎えたその日に、憎しみに出会う。
私がその子供だった」
――アルベール・コーエン
1905年8月16日、仏マルセイユ。
今日が10歳の誕生日の少年、フランスが好きな、フランス語が大好きなユダヤ人の少年は、万能染み抜き剤を売る香具師の流暢なフランス語の口上に惹かれて、群衆の前に抜け出し、なけなしのお小遣いで買い求めようとした――。
お前は汚いユダ公だろう、
なあ、そうだろう、え?
さっさとうせろ、
ちょっとエルサレムへでも
行ってこいや
(本書10章)
香具師から投げつけられた呪詛の言葉……。10歳の少年にはあまりに酷な、呪われたわが民族の血。少年はマルセイユの街を彷徨い、ユダヤについて、優しい母について自問自答し、出エジプトの記憶にまでさかのぼって民族の流謫と同調し、激しい葛藤を続ける……。
おお、あなた方人間、兄弟たちよ、
あなた方が動いている時間はほんの僅かしかなく、
じきに動かなくなる〔……〕
数世紀にわたってこの真剣ではない愛、
口先だけの愛にすぎない隣人愛を経験してきた我々は〔……〕
この辺で本気になり、死すべき者であるあなた方の兄弟を
もう憎まないようにすることだ
(本書70章)
2015年、ムハンマドの風刺画を掲載した週刊紙をイスラム過激派が襲撃したシャルリ・エブド事件。生き残りの挿絵画家リューズは本書をBD(漫画)化したことがある。40数年を超えて、「憎まないことは隣人愛よりも大事」なのだというコーエンの意図を汲んだものだった。哀れみから生まれる兄弟愛により、もう憎むのはやめよう。それは隣人愛より大事なことだ。
憎しみが増幅するときにこそ、時代を超えて本書が必要とされている。10歳の衝撃を、1972年人生の黄昏時コーエン77歳でものした自伝的70の断章。作家、政治家、外交官として修羅の世紀を生きた著者の21世紀への遺言。アカデミーフランセーズ賞受賞『選ばれた女』の著者コーエンの原点がここにある。アウシュビッツ解放から75年の節目に送る、全世界に向けた、思いやりと赦しの書。
[出版社より]
著 者|アルベール・コーエン
訳 者|紋田廣子
出版社|国書刊行会
定 価|3,400円+税
判 型|四六変型判/上製
頁 数|328
ISBN|978-4-336-06653-4
初 版|2020年6月
Author
アルベール・コーエン Albert Cohen
1895年、コルフ島に生まれる。5歳で両親と共にマルセイユに移住。ジュネーヴ大学法学部で学ぶ。1919年、スイス国籍取得(それまではオスマン=トルコ国籍)。フロイト等が編集委員に連なる雑誌「ラ・ルヴュー・ジュイヴ」の編集に携わり、1925年1月第1号を発行、シオニズムの大義の鼓吹者となる。小説「ソラル」(1930)、「釘食い男」(1938)で名声を博する。1939年、ユダヤ機関の政治局顧問となり、パリで政治に外交に手腕を発揮するが、大戦勃発と共にロンドンに逃れ、ユダヤ機関の代表として各国の亡命政府とナチスから逃れてきたユダヤ人との協力関係樹立に重要な役割を果たす。
Translator
紋田 廣子 Hiroko Monda
1939年、静岡県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業。SBS静岡放送勤務後、パリ留学。2000年7月まで画廊に勤務し、展覧会実施、翻訳、通訳に従事。訳書に、ジャニーヌ・ヴァルノー『ピカソからシャガールへ―洗濯船から蜂の巣へ―』(共訳、財団法人清春白樺美術館)、画集『アンドレ・マルロー戯画(ディアブル)』(財団法人清春白樺美術館)、『選ばれた女(Ⅰ・Ⅱ)』(国書刊行会)、『釘食い男』(国書刊行会)など。
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