伊藤野枝の手紙
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「新しい女」「恋愛の天才」「野狐さん」と散々に評される伊藤野枝。28年の生涯に、三度結婚し、七子をもうけ、雑誌を編み、みずからも論じ翻訳して全集四巻の文章をのこした。三十路の物憂さ、大杉家の長男の嫁としての気配りなど、全62通の手紙からは、いきいきした野枝の話し声が聞こえる。[出版社より]
著 者|伊藤野枝
編 者|大杉豊
出版社|土曜社
定 価|1,850円+税
判 型|四六判/並製
頁 数|212
ISBN|978-4-907511-61-6
発 行|2019年05月
Contents
Ⅰ 残された手紙
『青鞜』から「恋の往復」へ
獄中見舞と同志・身内へ
Ⅱ 著作にあらわれた手紙
恋愛事件の顛末――伊藤野枝「動揺」から
実感のセンチメンタリズム――大杉栄「死灰の中から」より
『青鞜』の譲渡劇――平塚らいてう「『青鞜』と私」から
辻潤との別れ――伊藤野枝「この頃の妾」
新時代の子の為に(アンケート回答)
伊藤野枝年譜
解説(大杉豊)
[ 本書より ]
「すこし甘えたくなったから,また手紙を書きたいの。野枝公もうすっかり悄気ているの。だって来ると早くからいじめられているんだもの,可哀そうじゃない? でもね,随分おとなしいのよ。けれど,もう大阪なんか本当にいやになっちゃった。野枝公もう帰りたくなったの」
——大杉栄(無政府主義者)宛
「私のいやな写真が出ましたね。あの顔にはほんとうに恐れ入ります。今度東京に出ましたらせいぜい奇麗な顔に写してお送りいたしましょうか。あの顔はもうとりけしにしたいものです」
——安成二郎(歌人・編集者)宛
「もう五十にも六十にもなるおじいさんさえ,若いきれいな相手を見つけて引っぱって来る世の中に,何をそんなにこぼしていらっしゃるのです」
——林倭衛(画家)宛
Author
伊藤 野枝 Noe Ito
1895(明治28)年、福岡県今宿村(現・福岡市)に生まれる。上野高女卒業後、親の決めた結婚を嫌って、婚家から出奔。上京し、女学校の恩師・辻潤の許に飛び込んで同棲。『青鞜』の編集を担い、女性解放への論陣を張る。辻と離別後、大杉栄と結ばれ、神近市子との三角関係から葉山・日蔭茶屋事件が起こる。大杉の目指す社会変革の運動を支援し、女性の社会主義団体・赤瀾会では顧問として活動した。この間、辻との間に二人、大杉との間に五人の子を出産。また、創作、評論、翻訳などの著作を数多く発表した。1923年、関東大震災の混乱のなか、東京憲兵隊の甘粕大尉らに拘引され、大杉栄と六歳の甥・橘宗一とともに虐殺された。28歳だった。
Editor
大杉 豊 Yutaka Osugi
1939年、横浜市生まれ。大杉栄が殺された当日に訪ねた弟が父。そこで生まれた。東京都立大学社会学科卒。東京放送(TBS)入社、調査・営業・編成部門を経て定年退職。東放学園専門学校・常磐大学国際学部講師。『日録・大杉栄伝』(社会評論社)など著作多数。